明日から新しい時代へ突入。

その前に「土」の時代に起こったことを少し整理しなければ。

そう思いこのブログを綴っています。


以前のブログで少しだけ触れましたが、

自分は生き残った者です。

言葉通り、死んでいてもおかしくなかった身。

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自分は、癌サバイバー。

いく種類もある癌の中でも特殊な、

小児癌と呼ばれるもの。

その中の「横紋筋肉腫」を罹患しました。

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発覚したのは22歳、大学卒業を間近に控えた頃。

当時は大阪の大学に通っていた。


卒業が迫ったとある冬の日、

急に右脇腹に痛みが走り、高熱が出てめまいがして立っていられなくなった。

真冬なのに脂汗が絶え間なく流れ出て、

「絶対に何かおかしい」と悶えながらも冷静にそう思った。

自宅におり、病院に行かねばと思うが

とてもじゃないが電車に乗って自力でいける状態じゃない。


ふと思いついて、車を持っているバイト先の友人にダメもとで電話したら

自宅にいて車を出せると回答が!!

渡りに船とはこのことか!?

奴は普段大学のサークル活動で自宅にまずいることがほぼないのに、

その日はたまたまサークル活動が急にキャンセルになって自宅でボーッとしていたらしい。

本当にありがたかった。


とりあえず迎えに来てもらい、住んでいたあたりで比較的大きめな病院へ連れて行ってもらった。

診察を取り急ぎ受けたが、

診断結果は「急性の腸炎」ではとのこと。

…でも自分の中では診断結果がどうしても腑に落ちない。

これ、腫瘍じゃないかと自分の中で予感していた。

病院に行ったらなんとか体調は落ち着いて、いったん自宅へ戻る。


後日、さらに大きな病院に連絡して行き、CT撮影。

そうしたら、腸と骨盤の間に10センチ近い腫瘍が見つかった。

「これは入院ですね…。」

医師の口からそう出た。

その時点では腫瘍は良性か悪性かもわからず、

腸にできているものだと思われていた。

当時実家は岡山、

実家から一番近い大きい病院が岡山大学医学部附属病院、

迷うことなくそこ宛への紹介状を書いてもらった。

この判断が本当に大きな分岐点だった。


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程なくして大学卒業、

それと同時に岡山大学病院の内科に入院。

その時の内科医曰く、腸の腫瘍にしては大きすぎる、

とりあえず手術前に組織検査を、ということになる。

皮膚に表面麻酔を打ち、そこに太い針を刺して組織採取。

麻酔が切れた後が結構ピリピリ痛かった。

採取した2日後、組織検査の結果が。

「これ、内臓の腫瘍じゃないです。筋肉の腫瘍です。

 申し訳ないが整形外科に転科です。」との回答が。

内科医が違和感を感じてくれたおかげで、

やっと「横紋筋肉腫」であることが判明した。


この横紋筋肉腫、

治療ができる病院が非常に少ないそう。

実は岡山大学医学部附属病院、

こここそが西日本でこの病気の治療のトップの場所で、

大阪など西日本各地から患者が転院してくるようなところだったのです。


たまたま実家から一番近い病院と思って紹介状を書いてもらったところが

本当に奇跡的に、自分にとって条件が全て合致した病院だったなんて。

しかも当時の実家から車で数分w。

悪運は本当に強い、我ながらそう思ったし、いろんな人から言われまくりました。


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まず序章、終了。

長くて申し訳ありません、2へ続きます。