前回の7で終了した。つもりだったのですが、

最初に書こうと決めていた事を2点ばかり忘却しておりました。

という事で、アウトテイク。

終わる終わる詐欺?

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その1。


病院から実家が車で数分であったため、

血液検査の数値が問題ない期間中はしょっちゅう外出・外泊を許可してもらえていた。

抗癌剤を投与されまくってはいたものの、比較的元気な病人だった。

なので、家でじっとしていてもものすごく退屈。

そこで、妹が時々あちこち連れ回してくれた。

あとは自分と合いそうな妹の友達たちとの縁を取り持ってくれたりもした。


その中にひとり、学生なのにほぼプロで写真をやっている人がいた。

その人の作品の被写体は主に、人。

デザイン事務所(といっても田舎のね)に所属していて、

色々なチラシや宣材の写真を撮って色々作成しつつ、

人間を被写体にして自分の作品を作り続けていた。

(今は独立している。いよっ、社長)


抗癌剤投与

→白血球値など駄々下がり隔離

→回復して娑婆に放たれ外泊できたとある日の夜、

「この店いい」と思ったカフェで20時前後に入り浸っているところにその人がやってきた。

そして突然、

「あ、よかったら実験させてくれない?」と言われた。

…んぇ? 危ない事じゃなければいいけど…てか実験て何だ?


実験内容:

暗室に入り、カメラを三脚に設置しシャッターを開きっぱなしにして、

被写体に懐中電灯をいろんな角度から当てて炙り出しのようにして撮影。

とこんな内容だった。

それ、面白そう。んで何で俺?と聞いてみたところ、

「そのスキンヘッドを有効活用したい」

とのことだった。

副作用で髪の毛全抜けとはいえ、確かに普通スキンヘッドはそうそういない。

あとスキンヘッドは後にも先にも絶対することもなることもないだろうな、

だったら乗っちゃえ、とその申し出を承諾。

撮影は次の投薬治療後の外泊時に、と決定。


そして、それから約1ヶ月後、

その友人の通う岡山大学の校舎の汚い一室で実験開始、

出来上がった写真がこちら:


決して自分の周りに人魂が漂っているわけじゃありません。

炙り出しの懐中電灯です。誤解のないよう。w

約1分ほどシャッター開けっぱなしだったので、

その間は当然ながら動いちゃいけない。結構辛かった…。

がこの仕上がりなら、実験に協力した甲斐があった。本当にそう思った。


左の写真はまるでマネキンみたいな仕上がりで、自分は気に入っている。

そしてこの気に入っている写真で何か賞を獲ったらしい。何の賞かは忘れましたw。


という感じで意外と遊ばせてもらっていたので、

入院生活が息詰まらずに済んだのだなぁ。

本当にありがたい限りでありました。


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その2。


無事退院したとしても、患った病気が病気なだけに当然ながら定期検診は通い続けねばならない。
最初の2年間は2ヶ月おきに、
3年目〜5年目は半年おきに。
当時の岡山の実家からは車で数分だったので、
本当に真面目にきちんと通い続けた。

検査は基本的に、転移しやすい肺のレントゲンor CTと、血液検査。

検査内容は数が少ない。

のだが通っているのは天下の岡山大学医学部附属病院。

大学病院と言えば、すげー時間待たされる。

画像撮影と血液採取はすぐ済むのに、

朝一番で行っても診察終えるのは午後1時を毎回回っていた。

でもしゃあない、やらねばならんことだし。

本を持っていって読んでいればそんなに苦痛じゃないし。

そんな繰り返しで、

先生から毎回「肺も綺麗だし、血液も腫瘍の所見なし。大丈夫」

と言ってもらえてほっとして帰路に着く。まずは5年それを繰り返した。


その後5年以降は年1回の検査を自主的に行っていた。

そうこうしているうちに自分が東京で生活することになり、

8月の盆の帰省の時に通うようにしていた。

その年1回の検査も「肺も綺麗だし、血液も腫瘍の所見なし。大丈夫」。

それが毎年繰り返されて、ほっとした。


最後に検査に行ったのは退院後10年目。

最後の年に病院内のシステムが変更され、

待ち時間がものすごく短縮されて驚いた。

その事をまず先生に伝えたら

「今までは本当に申し訳ないくらい待たせてたもんね、患者さんを。

 でもこちらもすごく楽になったんだよね」と先生は言った。

そして、CTと血液検査の結果を先生が見る。

「肺も綺麗だし、血液も腫瘍の所見なし。大丈夫」。

ああ、よかった。


と思ったら、急に先生が手を伸ばしてきて握手を求められた。

え?とちょっと戸惑いながら握手をしたら、先生がこう言った。


「いやー、ここまで無事にきてよかった。

 言ってなかったんだけど実はね、君の腫瘍の悪性度が9段階のうちのレベル6で、

 再発の危険性が結構高かったんだよ。

 でも10年再発しなかったからもう大丈夫。」


そうだったんだ。

…というか腫瘍の危険度、その時初めて聞いたよ先生!w

俺の基本的にあっけらかんとした性格分かってるはずなのに

なんで今まで隠していたんだよ、と突っ込みたかった。

が、それは命の不安を煽らないようにと先生なりの気配りだとも理解できたので突っ込むのはやめておいた。


それを最後に、横紋筋肉腫から無罪放免、解放されたのだった。

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それからまた10年ほどは経過。

お陰様で再発もなく無事に生きております。


初めて行く病院で既往歴を書く欄には、

当然「横紋筋肉腫」と記入する。

この病気が小児癌だと把握している医師からは

「…その病気から生還した人と初めて目にかかった。

 本当に運の強い人ですよ。」

と言われることがたまにある。


やっぱりすごく難しい腫瘍だったんだな。

それから無事生還したことは奇跡である。

命あっての物種、この言葉を常に忘れないよう、

生きている事に感謝しつつ、これからも過ごして参ります。


____________


やっと、今まで特に誰にも話した事がないことをまとめられた。

自分の中に仕舞い込んだ記憶の棚卸ができて、

しかもとりあえずクローズドだけど記録する事ができた。

お読みいただきありがとうございました。


これで本当に、了。



1.

https://elliegakuen.com/blogs/98c794f29299

生き残りし者。 1

GT
12/21 20:24


2.
https://elliegakuen.com/blogs/0918bf3e3e6f

生き残りし者。 2

GT
12/22 20:22


3.
https://elliegakuen.com/blogs/d60c84fe72d0

生き残りし者。 3

GT
12/23 19:47


4.


5.
https://elliegakuen.com/blogs/b38a3aead687

生き残りし者。 5

GT
12/30 11:10


6.
https://elliegakuen.com/blogs/cbee07e28232

生き残りし者。 6

GT
01/05 20:12


7.

https://elliegakuen.com/blogs/bf326bf72f65

生き残りし者。 7

GT
01/09 22:04