22歳、大学卒業間近に襲った激しい腹痛。

最初は急性腸炎と言われたが腑に落ちず、

別の病院で CTを撮ったら、腸と骨盤の間に10センチほどの腫瘍発覚。

その時点では腸の腫瘍だと思われていたため岡山大学病院の内科に入院、

それにしてもおかしいと組織検査を行ったところ、

腸ではなく、横紋筋肉腫、小児癌の一つとようやっと判明し、

整形外科に転科。

たまたま当時の実家のそばの大きい病院が岡山大学病院、

そこが横紋筋肉腫の治療ができる数少ない病院のひとつであったミラクルまでが

前回のお話。

____________


内科に入院した時か、整形外科に転科した時か、

どちらかは忘れてしまったのだが、こんなこともあった。


自分と両親、診察室で医師から「悪性の腫瘍です」と説明を淡々と受ける。

自分は「やっぱりそうだったんだ」とやっと色々モヤモヤしたものが晴れて、

一旦その時点でなぜか気が晴れた。

「じゃあ、入院して抗癌剤やって治療や手術になるんだな、しょうがない、わかりました」と腹を括ることができた。


ふぅ、と一息ついて隣にる両親を見ると、

ものすごく血の気が引いて白に近いベージュな顔色で固まっていた。

さながら蝋人形のように。

まぁそりゃそうだろう、子供が死ぬかもしれないわけだし。

しかしながらその両親を見て俺はちょっとムッとして、


「あのさ、当事者は俺。俺が落ち込むのはわかるけどあんたらが落ち込んでどうすんだよ。

 これから入院して戦うのはこっちなんだから。しっかりしてくれない?」


と軽く説教した。w

その一言に両親はとんでもなく驚いていたw。

が、そのおかげで我に返れたと今も母に言われる。


俺も地球の底まで落ちている両親を見て冷静になれたのも事実だった。

病気になったのあんたらじゃないじゃん、俺じゃん!落ち込むの本当は俺じゃん!?

というか、とんでもない落ち込み方をしている両親を見てドン引きした自分は何かネジがおかしいのだろうか…。w

そんなこともありましたが、

「もうしょうがないや、あとは天のみぞ知る、だな」と開き直って入院開始。


それにしても、「がんで死ぬんじゃないか」という絶望や恐怖に飲まれなかったのも

いまだに不思議でならない。

そして何故か、

「泣き言や文句を言ったら命を取られるかもしれない」

とすごく冷静に思い、

入院中も辛いやらなんで俺が!? とか泣き言やら一切言わなかった。

母と妹からいまだに、

「本当に泣き言とか一言も言わなかったよね」言われ、

とてつもなく強い人扱いをいまだに受けている

腹を括ったら実は強いんだ。そんな自分を発見した出来事でもありました。

それまではもっとヘタレだと思っていた。w


「生きるか死ぬか、命を試されてるんだな、これ」という確信があったので、

それで泣き言を言わなかったのを覚えている。

正直自分でも本当に不思議です。


_______________

続く。(この事は書くのにやっぱり気力も体力も使うなぁ…)